【紀伊・九度山】死んだはずの真田が、再び天下を震撼させる! 関ヶ原の戦い以来、十四年もの長きにわたり紀伊国九度山に幽閉されていた真田信繁殿(48)が、本日未明、徳川方の厳しい監視を完全に突破し、大坂城へ向けて脱出したことが明らかになった! 大坂での戦いの足音が近づく中、かつて上田城で徳川の大軍を二度にわたって退けた真田の名が、再び戦場に響き渡ろうとしている!
宴会の裏で消えた影・監視の裏をかく驚愕の手口
信繁殿は、どのようにして九度山の鉄壁の包囲網を破ったのか。取材によれば、脱出の前夜、信繁殿は村人や監視の兵たちを招き、盛大な酒宴を催したという。「もはや戦う気力はない」と自嘲気味に語り、深酒を誘って周囲が寝静まった頃、信繁殿はわずかな手勢と共に、闇に紛れて山を下りた。 翌朝、監視兵が屋敷を確認した時には、そこにはもぬけの殻となった部屋と、飲み干された酒瓶だけが残されていたという。まさに、忍びの術を心得た真田家ならではの狐につままれたような鮮やかな逃走劇だ。
大坂に真田あり――豊臣軍、士気爆発!
信繁殿が大坂城に入城するという報は、籠城を準備する豊臣方の将兵たちに、これ以上ない勇気を与えている。 「あの真田が来てくれる! これで徳川に勝てる!」 城内では歓声が上がり、淀殿や豊臣秀頼公も、信繁殿を千軍万馬の将として最上級の礼をもって迎えるという。特に、信繁殿が考案中と噂される、城外に突出する出丸・真田丸の構想は、徳川軍を恐怖のどん底に突き落とすに違いない。
徳川家康公、激震!信繁か、それとも昌幸か?
一方、駿府でこの報を聞いた徳川家康公は、あまりの衝撃にガタガタと震え、持っていた扇子を落としたと伝えられている。 家康公はまず、「(入城するのは)父の昌幸か、それとも子の信繁か?」と問い質したという。昌幸公はすでに亡くなっているが、家康公にとって真田という名は、それほどまでに忌まわしく、恐ろしい記憶を呼び覚ますものなのだ。
乱世の最終章、主役は真田に託された
九度山の静かな生活を捨て、再び血塗られた戦場へ戻ることを選んだ信繁殿。彼が求めているのは、豊臣家への義理か、それとも真田の名を永遠に歴史に刻むための死に場所か。日本一の兵の、命を賭けた最後の大博打が今、大坂の地で始まろうとしている。
「龍、雲を得て天に昇る」。九度山の霧の中から現れた信繁殿の姿は、徳川の天下という巨大な壁を打ち破る最後の一撃となるのか。本紙は、大坂城を舞台に繰り広げられる、この男の壮絶な戦いを引き続き命懸けで追跡する。
