【因幡・鳥取城】因幡の名城・鳥取城が、百日余りにわたる包囲の末、ついに陥落した。城主・吉川経家公(35)は、城兵の助命と引き換えに本日、自ら腹を切って果てた。しかし、この勝利を祝う声はどこにもない。そこにあるのは、羽柴秀吉(44)が仕掛けた、前代未聞の「渇殺し(かつえごろし)」という名の組織的虐殺の爪痕だけだ。城内の惨状は、昨年の三木城を遥かに凌ぐこの世の終わりであり、そのあまりの凄惨さに、本紙も詳細な描写を自粛せざるを得ない。
黄金の猿が仕掛けた、狡猾な罠
秀吉のやり口は、三木の時よりもさらに洗練され、かつ冷酷を極めていた。包囲を開始する数ヶ月前から、秀吉は若狭の商人を通じて因幡中の米を高値で買い占めた。鳥取城側は「高く売れる」と喜んで米を放出し、いざ戦が始まった時には、城内に一粒の備蓄も残っていなかったという。
この米の買い占めこそが、秀吉が描いた死のシナリオの第一歩だった。戦う前から、城内の数千の命は、秀吉の掌の上で弄ばれていたのだ。
本紙自粛~城内から漏れ聞こえる地獄の音
包囲から三ヶ月。城内では、飢えに狂った人々が何を口にしたのか。馬、牛、犬……それらが尽きた後、何が起きたのか。本紙は複数の脱走兵から証言を得ているが、その内容はあまりにも残酷であり、人倫に悖るものである。読者の皆様の精神的安寧を鑑み、また犠牲者の尊厳を守るため、具体的な描写は差し控えさせていただく。
ただ一つ言えるのは、秀吉はその惨状を、山上の陣から高みの見物で眺めていたということだ。城門から這い出そうとする飢えた民衆を、織田軍は容赦なく鉄砲で撃ち戻した。秀吉にとって、彼らは人間ではなく、敵を屈服させるための道具に過ぎなかったのである。
人たらしの正体は死神か
吉川経家公は、最期まで武士としての誇りを貫き、自らの命を捧げて城兵を救おうとした。それに対し、秀吉はまたしても見事な最期と称賛し、酒を贈るなどのパフォーマンスを見せている。しかし、その笑顔の裏で、数千の餓死者の屍を冷徹に計算に入れているのが、この羽柴秀吉という男の本性だ。
猿の通称で親しまれ、陽気な立身出世の象徴とされるこの男。しかし、その出世の足跡は、三木、鳥取と続く飢餓の地獄によって赤く染まっている。
次はどこが地獄に変わるのか
鳥取城を落とした秀吉は、休む間もなく備中へと軍を進めるという。次はどのような非道を思いつくのか。さらなる飢餓か。戦国の世に現れた、笑顔で人を飢え死にさせる怪物。羽柴秀吉の野望が続く限り、日ノ本のどこかでまた、筆舌に尽くしがたい悲劇が繰り返されることになるだろう。
「猿の進撃は、餓鬼道の始まりか」。鳥取の枯れ果てた大地に響く呻き声を、本紙は歴史の証人として、ここに刻み付ける。秀吉という男の真実を、我々はこれからも追い続ける。
