【木崎原】九州の勢力図を根底から覆す、信じがたい大逆転劇が起きた! 本日、日向国木崎原において、島津義弘公(37)率いるわずか三百の軍勢が、十倍の兵力を誇る伊東義祐軍三千を撃破。伊東軍は名だたる将兵を次々と失い、総崩れとなって敗走した。この圧倒的な兵力差を跳ね返した島津軍の勝利は、まさに神懸かりとして、九州全土の武士たちを震撼させている!
釣り野伏炸裂! 伊東軍、死の罠に飛び込む
戦いは、伊東軍が島津方の拠点・飯野城を包囲しようとしたことから始まった。これに対し、飯野城を守る島津義弘公は、あえて城外に打って出るという大胆不敵な策を敢行。 島津軍は得意の戦術「釣り野伏(つりのぶせ)」を展開した。まず少数の部隊が敗走を装って伊東軍を深く誘い込み、敵が勝利を確信して追撃に移った瞬間、左右の草むらに潜んでいた伏兵が一斉に蜂起。前後左右を完全に包囲された伊東軍は、狭い木崎原の地で大混乱に陥ったのである。
義弘公、自ら槍を振るう! 鬼島津の片鱗
混戦の中、島津義弘公は自ら先頭に立って敵陣へ突撃。その凄まじい気迫に、数で勝るはずの伊東軍の兵士たちは恐怖し、次々と武器を捨てて逃げ出したという。 伊東軍の有力武将である伊東祐信殿や落合兼置殿ら、一族の柱石とも言える将たちがこの地で討ち死に。伊東軍の損害は甚大で、三千のうち生きて帰れた者はわずか数分の一とも囁かれている。
伊東氏の没落、島津の躍進を決定づける一戦
この敗北により、これまで日向で圧倒的な勢力を誇ってきた伊東義祐公の権威は失墜。逆に、薩摩・大隅を固める島津氏にとって、日向進出への道が大きく開かれた。 「島津の兵は一人で百人に匹敵する」。戦場から逃げ帰った伊東軍の兵士が漏らしたこの言葉は、瞬く間に九州中に広まり、島津義弘公の名は恐るべき猛将として不朽のものとなった。
九州統一の幕開けか
「木崎原の地を流れる血は、川となって海へ注いだ」。今回の勝利は、単なる局地戦の勝利ではない。島津氏が九州全土を席巻する九州統一への第一歩となる、歴史的転換点であることは間違いない。
「寡兵、大軍を討つ」。木崎原に響き渡った島津軍の勝鬨は、伊東氏の栄華の終焉と、島津氏による新たな時代の到来を告げている。本紙は、この驚異の戦闘集団・島津家が、今後九州をどう塗り替えていくのか、引き続き命懸けで追跡する。
