【越前・一乗谷】越前国の名門、朝倉家に未曾有の危機が訪れている。織田信長公の軍勢に近江・刀根坂で大敗を喫し、猛烈な追撃を受けていた当主・朝倉義景公(40)が、本日、命からがら本拠地・一乗谷へと帰還した。しかし、かつて北陸の小京都と謳われた栄華は影を潜め、一乗谷は織田軍の恐怖に震える静寂に包まれている。
地獄の刀根坂を越えて
事の始まりは数日前、信長公の電撃的な夜襲によって近江の陣が崩壊したことにあった。義景公は撤退を決断したが、信長公自らが先頭に立って追撃するという異例の猛攻にさらされた。刀根坂での戦いでは、斎藤龍興殿や山崎吉家殿ら重臣たちが次々と討死。名門朝倉軍の誇りは、血塗られた山道で無残にも打ち砕かれた。
義景公は疋壇城へと逃げ込んだが、そこにも織田軍の影が迫り、休息する暇さえなかったという。一乗谷を目指す逃避行の最中にも、将兵の逃亡は後を絶たず、本日、一乗谷の城門を潜った義景公の傍らにいたのは、鳥居景近殿や高橋景業殿ら、わずか10名程度の側近のみであった。
静まり返る小京都の悲劇
やっとの思いで辿り着いた一乗谷。しかし、そこで義景公を待っていたのは、さらなる絶望であった。朝倉軍の壊滅的敗北の報はすでに城下に届いており、留守を守っていたはずの将兵や奉公人の大半は、織田軍の襲来を恐れて家財をまとめ、山中へと逃げ去った後であった。
義景公はすぐさま再起を期して出陣命令を下したが、これに応じたのは一門の朝倉景鏡殿のみ。他の重臣たちは沈黙を守るか、あるいは密かに織田方への寝返りを画策しているとの不穏な噂も流れている。
迫り来る信長、一乗谷の運命は
現在、織田信長公率いる大軍は、義景公のすぐ背後、越前国境を越えて進撃中との情報が入っている。一乗谷を囲む山々には、すでに織田軍の斥候の姿が見え隠れしているという。
百年の栄華を誇った朝倉家が、今、まさに歴史の表舞台から消え去ろうとしている。義景公は残されたわずかな兵と共に、どのような最期を選ぶのか。あるいは、奇跡の逆転劇はあるのか。一乗谷の夜は、戦乱の嵐を前に、不気味なほど静かに更けていく。
