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土佐の出来人ついに成し遂げた!長宗我部元親公、土佐一国を完全統一。四万十川の激闘を制し、一条氏を追放

1575年10月3日 #土佐

【土佐・岡豊】四国の勢力図が、今日、劇的に塗り替えられた! 「姫若子(ひめわこ)」と揶揄された若き日の姿はもうどこにもない。長宗我部元親公(37)が、土佐最南端の宿敵・一条兼定氏を四万十川の戦いで破り、ついに土佐一国の完全統一を成し遂げたのである。かつては弱小の一豪族に過ぎなかった長宗我部家が、元親公の一代にして土佐の主へと上り詰めたこの快挙に、四国中の大名たちが震撼している!

四万十川の奇跡! 圧倒的兵力差を覆した一領具足の威力

統一への最終決戦となった四万十川の戦いでは、一条軍の圧倒的な兵力に対し、元親公は独自の軍事制度「一領具足(いちりょうぐそく)」をフル稼働させた。普段は田畑を耕し、戦となれば直ちに槍を取るこの最強の半農半士集団は、泥まみれになりながらも凄まじい団結力を見せ、一条軍を圧倒。公家大名として優雅な生活を送っていた一条氏に対し、土佐の厳しい風土で鍛え上げられた長宗我部軍の野性味が完全に勝利した形だ。

姫若子から鬼若子、そして土佐の出来人へ

元親公の初陣は二十二歳と遅く、当時は色白で大人しい性格から姫若子と馬鹿にされていた。しかし、いざ戦場に出れば鬼若子と恐れられるほどの勇猛さを見せ、瞬く間に土佐の群雄を次々と呑み込んでいった。 今回の統一により、元親公は名実ともに土佐の出来人(できじん=優れた人物)として、その名を天下に知らしめることとなった。

次なる狙いは四国全土か?

土佐を平らげた元親公の野心は、もはや一国に留まる気配はない。すでに阿波(徳島)、讃岐(香川)、伊予(愛媛)の国境付近では、長宗我部軍の偵察隊が頻繁に目撃されている。 土佐のコウモリと揶揄する向きもあるが、元親公に近い関係者は「殿の目はすでに四国全土を捉えている。これは序章に過ぎない」と不敵な笑みを浮かべて語る。

織田信長との同盟か衝突か

現在、中央で勢力を伸ばす織田信長公も、この元親公の急成長を無視できないはずだ。噂では、信長公が元親公の嫡男に「信」の字を与え、友好関係を築こうとしているとの情報もあるが、野心家同士の激突は避けられないとの見方が強い。

「土佐の荒波、四国を呑むか」。元親公が掲げる一領具足の旗印が、四国全土を覆い尽くす日はそう遠くないのかもしれない。本紙は、この土佐の出来人が描く壮大な野望の行方を、引き続き最前線で追い続ける。