【山城・伏見】天下人・豊臣秀吉公(62)が伏見城の奥深くで病床に伏し、いよいよ最期の時が迫っているとの衝撃的な情報が駆け巡っている! 城内では石田三成殿ら奉行衆が必死に情報を統制し、五大老による連署で体制維持を図っているが、その鉄の結束には早くも巨大な亀裂が生じている。本紙が独占入手した情報によれば、秀吉公の側近であり、伊予板島七万石の大名・藤堂佐渡守高虎殿(43)が、豊臣家の宿敵とも目される徳川家康公(56)と、深夜に極秘の会談を重ねているというのだ。太閤殿下の息があるうちから、次なる勝ち馬へ乗り換えようとする高虎殿の冷徹な動きに、豊臣子飼いの武将たちからは激しい憤怒の声が上がっている!
太閤亡き後を見据えた、早すぎる裏切りか
高虎殿といえば、これまで幾度も主君を変え、そのたびに実力でのし上がってきた戦国一の渡り鳥として知られる。秀吉公の実弟・秀長公に仕えて頭角を現し、秀長公没後は秀吉公の直臣として重用されてきた恩義があるはずだ。 しかし、現在の高虎殿の視線は、病に冒された太閤殿下ではなく、伏見城の別邸に構える家康公へと向けられている。豊臣の天下は一代限りと見限り、秀吉公が息を引き取る前に、徳川政権での地位を確固たるものにしようとしているのではないか。
家康公、高虎の築城術と西国の情報を高く評価
一方の家康公も、高虎殿の並外れた築城技術と、水軍を操る能力、そして豊臣政権内部の生々しい情報を喉から手が出るほど欲しがっている。家康公は高虎殿に対し、「秀吉公亡き後は、そなたを徳川の重鎮として遇そう」と、破格の密約を交わしたとの噂が絶えない。 事実、高虎殿は最近、家康公の江戸城改修計画について熱心に助言を送っており、もはや心は徳川に染まっていると言っても過言ではない。
石田三成ら奉行衆との決別
高虎殿がこれほどまでに家康公に接近するのは、石田三成殿ら文治派の専横を嫌っているからだという。「三成のような小役人が差配する豊臣家には未来がない」と断じ、武断派の諸将を糾合して家康公を担ぎ上げようとする高虎殿の策謀は、豊臣家を真っ二つに割る危険を孕んでいる。
秀吉公が枕元で「秀頼を頼む」と涙ながらに遺言を残しているその裏で、高虎殿は家康公と次なる天下の設計図を広げている。このあまりにも非情なリアリズムこそが、高虎殿が乱世を生き抜いてきた武器なのだろう。
恩知らずの汚名、高虎は鼻で笑う
豊臣家への忠誠を誓う近臣たちからは「恩知らず」「裏切り者」と罵倒されている高虎殿だが、本人は至って冷静だという。「武士たるもの、自らの才能を最も高く評価し、天下を安んじる力を持つ者に仕えるべきだ」というのが、彼の揺るぎない持論だ。
太閤殿下の命の灯火が消えた瞬間、高虎殿は真っ先に徳川の旗を掲げることになるだろう。その時、豊臣家は内側から崩壊を始めるに違いない。
「太閤の死は、徳川の夜明け」。高虎殿の不敵な笑みは、秀吉公が築き上げた黄金の城が、砂上の楼閣に過ぎなかったことを物語っている。本紙は、この歴史的転換点における高虎殿の世紀の鞍替えを、引き続き執筆し続ける。
