【信濃・上田】徳川家康公(43)が信濃平定の総仕上げとして送り込んだ七千の精鋭部隊が、本日、信濃の小大名・真田安房守昌幸殿(38)の守る上田城下で、見るも無残な大敗を喫した! 鳥居元忠殿、大久保忠世殿ら徳川家の重鎮が率いる大軍は、真田軍の巧妙な罠に次々と嵌まり、城内に誘い込まれた挙句に一斉射撃を浴びて壊滅。敗走する徳川兵は増水した神川に飲み込まれ、犠牲者は千数百名に達するとの衝撃的な情報が入っている。徳川の威信を懸けた上田攻めは、真田の知略の前にこてんぱんに打ち砕かれた!
二の丸が地獄の入り口に。昌幸、冷徹な誘い込み
戦いは、真田軍がわざと城門を開けて徳川軍を誘い込むことから始まった。数に勝る徳川軍は「真田、恐るるに足らず」と一気に城内へなだれ込んだが、これこそが昌幸殿の描いた死のシナリオであった。 狭い城下町と複雑な路地に迷い込んだ徳川勢に対し、真田軍は屋根の上や物陰から一斉に鉄砲と矢を浴びせかけた。さらに、あらかじめ仕掛けられていた千石、万石の巨石や材木が降り注ぎ、徳川軍は前進も後退もできぬまま、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
鳥居元忠、屈辱の撤退。神川に響く敗残兵の悲鳴
戦意を喪失し、這う這うの体で城外へ逃げ出した徳川軍を、さらなる悲劇が襲った。城の背後を流れる神川(かんがわ)へ追い詰められた徳川兵たちは、真田軍の猛追を逃れようと川へ飛び込んだが、折しも増水していた急流に次々と飲み込まれた。 三河武士の誇りを掲げて勇ましく出陣した鳥居元忠殿らだったが、昌幸殿の変幻自在な戦術の前には、ただ翻弄されるばかりであった。重臣の一人は「真田は人間に非ず、鬼神の如き知略なり」と、震える声で語ったという。
真田の名、天下に轟く。家康公の怒りと焦り
今回の敗北は、徳川家にとって単なる一戦の負けではない。数倍の兵力を持ちながら、一介の国人領主に過ぎない真田に完敗したことは、家康公の天下取りの野望に大きな傷をつけた。一方、昌幸殿は「真田に表裏比興の者あり」と天下にその名を知らしめ、上田城は徳川を退けた不落の城として伝説になろうとしている。
浜松城でこの報を聞いた家康公は、激憤のあまり数日間、誰とも口を利かなかったとの噂も流れている。自慢の重臣たちが無様な敗走を演じたことは、家康公にとって最大の屈辱であろう。
次なる戦局は? 真田の毒が徳川を蝕む
昌幸殿は現在、上田城内で勝利の美酒に酔いしれることなく、次なる防衛線の構築を急いでいるという。徳川軍がこのまま引き下がるはずもなく、信濃の地は再び血の雨が降る予感が漂っている。
