戦国新聞

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石田三成、忍城で大失態!自らの水に飲み込まれ溺死者続出。成田氏長公の留守を守る浮き城の粘りに、豊臣軍は泥沼の醜態!

1590年6月16日 #武蔵

【武蔵・忍】小田原征伐の最中、関東の要衝・忍城(おしじょう)を包囲していた豊臣軍の総大将・石田三成殿(31)が、前代未聞の大失態を演じた! 三成殿は、秀吉公の備中高松城水攻めを模し、わずか一週間で全長二十八キロメートルに及ぶ巨大な石田堤を築き上げたが、本日未明、連日の豪雨により堤防が各所で決壊。堰き止められていた濁流は、城内ではなく、あろうことか包囲していた三成軍の陣営へと逆流し、数多の将兵が泥水に飲み込まれるという、目も当てられぬ惨劇となった。

三成の計算違いか、それとも忍の神風か

三成殿は、忍城の周囲を水浸しにして浮き城を孤立させる水攻めを強行。莫大な黄金と人足を投じて築いた堤防は、三成殿の知略の象徴となるはずであった。しかし、自然の猛威は三成殿の机上の空論をあざ笑うかのように襲いかかった。 堤防が決壊した瞬間、凄まじい轟音と共に押し寄せた水は、三成軍の腰元まで達し、兵糧や武器はことごとく流失。溺死した兵の数は数百名に上るとの噂もあり、陣内はパニック状態に陥っている。

成田の意地に翻弄される三成軍

忍城内では、城代・成田泰季殿(急逝により嫡男・長親殿が継承か)率いるわずか三千の兵が、押し寄せる二万の大軍を前にして、余裕の表情を浮かべているという。城兵たちは小舟を出して三成軍の混乱を嘲笑い、決壊した堤防の隙間から逃げ惑う豊臣兵を狙い撃ちにしている。 「三成は戦を知らぬ小役人よ」……城内から響く勝ち鬨の声は、三成殿のプライドを粉々に打ち砕いているに違いない。

秀吉公の叱責、三成の焦燥

小田原の本陣でこの報を聞いた秀吉公は、激怒のあまり「三成、何をやっておるか!」と怒鳴り散らしたとの情報も入っている。秀吉公がかつて成功させた水攻めを、自慢の側近が無様に失敗させたことは、豊臣政権の威信に関わる大問題だ。 三成殿は現在、泥まみれになりながら堤防の修復を命じているが、兵たちの士気はどん底まで落ちており、忍城陥落の目処は全く立っていない。

浮き城は落ちず、三成の権威が沈む

忍城は、文字通り水に浮いたまま、豊臣の大軍を寄せ付けない。三成殿が描いた華麗なる水攻めのシナリオは、今や泥水の中に沈み、彼自身の軍才に対する疑念だけが浮かび上がっている。

「計算高き軍師、水に流される」。忍城を包囲する濁った水面は、石田三成という男の限界を映し出しているのかもしれない。本紙は、この泥沼の包囲戦の行方を、引き続き執筆し続ける。