【浜松】天下人への階段を駆け上がる羽柴秀吉公(50)のやり口が、あまりにも非道であると世間の猛反発を呼んでいる! 秀吉公は、いまだ臣従を拒み続ける徳川家康公(44)を懐柔するため、実の妹である朝日姫(44)を、長年連れ添った夫・副田吉成殿と無理やり離縁させ、家康公のもとへ後妻として送り込むという暴挙に出た。一人の女性の人生と夫婦の絆を、自らの野望を叶えるための道具として使い捨てるその姿に、巷では「これぞ猿の浅知恵ならぬ、悪魔の所業」と怒りの声が渦巻いている!
仲睦まじい夫婦を切り裂いた権力の魔手
朝日姫と夫の副田殿は、これまで慎ましくも平穏な夫婦生活を送ってきた。しかし、秀吉公にとって妹の幸せなど、天下統一という大義の前では塵芥に等しいものであった。「家康を屈服させるため、妹を差し出せ」。秀吉公のこの一言で、何の罪もない夫婦は引き裂かれた。夫の副田殿は、妻を奪われた悲しみと屈辱に耐えかね、武士の身分を捨てて出家・隠遁したという。一説には、秀吉公が副田殿に対し、離縁の代償として莫大な領地を提示したとも言われているが、それが事実であれば、愛を金で買おうとした秀吉公の卑劣さはさらに際立つ。
人質を嫁入りと強弁する欺瞞
秀吉公は、この婚姻を、徳川家との親睦を深めるためのめでたい縁組と喧伝している。しかし、実態は誰の目にも明らかな人質の供出である。 四十四歳という高齢の朝日姫を、見ず知らずの土地へ、しかもかつての敵方であった家康公のもとへ送り込む。その心細さと屈辱がどれほどのものであるか、秀吉公は考えたことがあるのだろうか。「天下を治める者が、まず己の家族を不幸にしてどうするのか」。大坂の街角では、秀吉公の冷酷さを嘆く民衆の溜息が絶えない。
家康公、冷徹な対応・母も寄越せ
一方、この人身御供を受け取る側の家康公も、秀吉公の底意を見抜いている。家康公は朝日姫の輿入れを承諾する条件として、さらに秀吉公の実母である大政所までもが「見舞い」として岡崎へ来ることを要求。これにより、秀吉公は妹だけでなく、実の母親までもを人質として差し出すという、前代未聞の醜態を晒すこととなった。肉親を次々と駒のように動かす秀吉公の血の通わない政治は、もはや狂気の沙汰と言わざるを得ない。
政権に漂う非情の暗雲
今回の事件は、秀吉公が掲げる天下泰平がいかに脆く、そして犠牲の上に成り立っているかを如実に物語っている。武力で勝てぬ相手を、身内の不幸を利用して屈服させる。そのやり口に、果たして真の武士たちが心から付き従うだろうか。 朝日姫は現在、泣き腫らした目で浜松への道を急いでいるという。彼女が流す涙は、秀吉公の政権がいつか迎えるであろう因果応報の予兆なのかもしれない。
