【北近江・賤ヶ岳】亡き織田信長公の後継者を巡る最終決戦、羽柴秀吉公(46)と柴田勝家公(61)が賤ヶ岳・玄蕃尾城で対陣し、開戦から数日が経過した今も、両軍が山々に築いた砦に籠もり、一歩も動けない異例の睨み合いが続いている。湖北の峻険な山岳地帯を舞台に、数万の軍勢が対峙したまま動かぬこの状況に、陣中の将兵からは「これでは埒が明かぬ」と焦燥の色が濃くにじみ始めている。
砦の林立、動けば負けの忍耐比べ
現在、羽柴軍は賤ヶ岳を中心に、中川清秀殿が大岩山、高山右近殿が岩崎山に陣を敷き、鉄壁の防衛線を構築。対する柴田軍も、勝家公の本陣を玄蕃尾城(げんばおじょう)に置き、猛将・佐久間盛政殿らが前線の山々に陣取っている。 両軍の距離は、場所によってはわずか数百メートル。しかし、どちらかが動けば、険しい地形を活かした敵の迎撃に遭うのは必至だ。互いに相手の出方を伺い、夜通し松明を燃やして監視を続ける日々が続いており、緊張感は極限に達している。
天下は足踏み状態
この膠着状態に、前線の雑兵たちからは不満の声も漏れ聞こえる。 「毎日毎日、敵の顔を眺めるだけで日が暮れる。戦をするなら早くしてくれ」 「山の中は夜風が冷え、食料の運び込みも一苦労だ。このままでは戦う前に皆、疲れ果ててしまう」 秀吉公は、大垣方面での織田信孝公の動きを警戒しつつ、本陣と前線を往復。一方の勝家公も、雪解けを待って越前から進軍してきたものの、決定的な打撃を与えられずにいる。まさに、戦国史上稀に見る巨大な我慢比べの様相を呈している。
均衡を破る一手はどこから生まれるか
専門家の間では、この膠着状態を打破するのは、どちらかの軍の油断か、あるいは外部からの増援ではないかと囁かれている。 「秀吉殿は、わざと隙を見せて敵を誘い出そうとしているのではないか」 「いや、勝家殿の甥、佐久間盛政殿が痺れを切らして突撃を仕掛けるのが先か」 噂は飛び交うが、賤ヶ岳の山々は依然として静まり返ったままだ。
北近江の山中に流れる不気味な静寂
「静寂こそが、嵐の前の前触れだ」。ある老兵は、琵琶湖を渡る風を浴びながらそう呟いた。 日ノ本の未来を決めるはずの戦いが、北近江の深い山の中で、一歩も進まずに停滞している。この睨み合いの果てに待つのは、鮮やかな逆転劇か、それとも共倒れの泥沼か。本紙は、この動かぬ戦場の最初の一歩を逃さぬよう、引き続き最前線で注視を続ける。
